NASA最新4Kシミュレーションで極限体験
TL;DR
- 太陽質量10倍級ブラックホールに自由落下すると、主観時間わずか13 秒で事象の地平線を通過
- 潮汐力が頭と足に10¹³ Gもの重力差を生み、原子レベルまで引き伸ばされる――いわゆる“スパゲッティ化”
- 外部観測者には落下者が 永遠に停滞して見える時間遅延が発生
1. まずは4Kシミュレーションで「13秒の旅」を再生
2024 年に NASA ゴダードが公開したビジュアライゼーションは、事象の地平線に吸い込まれる視点を実時間13 秒で描いています。視界がねじれ、星々がドーナツ状にワープするあの映像は、一般相対性理論のレンズ効果と時間遅延を忠実にレンダリングしたものです。
▲ プレイ後、画面酔いに注意!
2. 事象の地平線とは「光すら脱出できない境界」
ブラックホールの“半径”はシュワルツシルト半径
[
r_s=\frac{2GM}{c^2}
]
太陽の10倍の質量 M なら (r_s ≈ 30\;\text{km})。そこより内側では光でも脱出速度が光速(c)を超えられず、情報は外部宇宙へ戻れません。
質量 | シュワルツシルト半径 | 自由落下時間* |
---|---|---|
1 太陽質量 | 3 km | 4.1 s |
10 太陽質量 | 30 km | 13 s |
4百万太陽質量(Sgr A*) | 1180 万 km | 1.8 h |
*遠方静止から無回転BHへ自由落下する場合の主観時間(近似値)
3. “スパゲッティ化”の物理
3-1. 潮汐力が人体を引き伸ばす
重力は中心に近いほど強く働くため、足先と頭部の加速度差Δgが極端に大きくなります。
[
\Delta g \approx \frac{2GM}{r^3}\,\Delta r
]
- 落下時 (r = 2r_s)、(\Delta r = 1.8 m)(身長)
- 10 太陽質量BHの場合 → Δg ≈ 1×10¹³ m/s² = 10¹² G
この桁外れの差が骨も分子結合も引きちぎり、連続した“紐”状に――まさにスパゲッティ。
3-2. 伸び切った後はどうなる?
計算上は原子核同士もばらばらになり、プラズマ化したストリングが地平線を越えます。環境は数十億度、X線ガンマ線が飛び交う地獄ですが、あなたの感覚器官はすでに崩壊済み…。
4. 観測者には「永遠に落ち込まない」パラドックス
重力による時間遅延で、外部観測者から見ると落下者の時計は極端に遅れ、光は赤方偏移して暗転、やがて観測不可能に。
あなた自身の体内時計ではたった 13 秒、友人の時計では無限大。古典的には情報が凍り付くように見えます。
5. ホーキング輻射とブラックホールの寿命
ブラックホールは量子効果でわずかにエネルギーを放射し、最終的に蒸発します。
質量 | 蒸発時間 |
---|---|
1 Mt(マイクロBH想定) | 1 年未満 |
1 太陽質量 | 1064 年 |
106 太陽質量 | 1074 年 |
あなたが落ちた BH が蒸発する頃、宇宙はほぼ暗黒です。
6. 情報パラドックス:あなたのデータは消えるのか?
量子力学は情報の保存を要求しますが、BH は外から見ると情報を飲み込むだけ。
- ファイアウォール仮説:地平線に“炎の壁”が出現し量子情報を焼く
- ER = EPR(ワームホール=量子もつれ)案:内外の情報は量子もつれで繋がり保存される
現状は未解決。しかし 2024 年の量子計算モデルは「情報はホーキング輻射に符号化され回収できる」と示唆しています。
まとめ:ブラックホールは究極の“時空実験装置”
- 相対性理論・量子論・統計力学――あらゆる物理法則の“耐久試験場”
- スパゲッティ化は恐怖でありつつ、宇宙最大級の自然実験そのもの
- 次世代望遠鏡や EHT ネットワークが地平線シャドウを高解像度化し、ブラックホール物理学は新フェーズへ
参考文献 / Further Reading
- NASA Goddard Space Flight Center. Falling into a Black Hole Visualization (2024).
- Bohn, A. et al. “What you’d see as you fell into a Schwarzschild black hole.” Class. Quantum Grav. 39, 045003 (2022).
- Thorne, K. Black Holes & Time Warps: Einstein’s Outrageous Legacy. Norton, 2021 rev. ed.
- Preskill, J. “Quantum Information and Black Hole Paradox.” Scientific American (2023).
- Hawking, S. “Particle creation by black holes.” Commun. Math. Phys. 43, 199–220 (1975).
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